ここだけの話。

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音楽、本、自己啓発(オナ禁)の記事を書いているつもり。

悩みの本質を究極に分かりやすく捉えた4コマ漫画「ブッタとシッタカブッタ」名言・内容まとめ



僕は理系である。

文系のみなさん、特に数学嫌いのみなさんには信じられないかもしれないが、僕は義務教育で勉強する学問の中で、数学が一番楽しいと思っている。

なぜなら、数学は「シンプルに考える」学問だからだ。無駄を徹底的に省き、何と何があれば何が分かるか、ということを見抜き、数式に組み立てた上で更に計算方法まで楽で簡素なものにこだわる。そんなシンプルを突き詰めたとこが僕の琴線にビリビリッと触れたのだ。

そして出来る限りシンプルに、という数学のスタンスは、人生にも役立つ。シンプルにすればするほど悩みは無くなっていく。

僕の頭の中が辺り一面のお花畑で悩みなど一切ないのも、この素晴らしきスタンスのおかげだろう。

 

今回紹介するのは、僕が生まれて初めて「幸福/不幸の本質を考える」ということに触れるきっかけになった本だ。

本というか、漫画。4コマ漫画である。

 

小泉佳宏『ブッタとシッタカブッタ』

「こんなに、こんなに愛しているのに…」と悩むブタ、シッタカブッタのじたばたする姿を見て、笑いながら、幸福や不幸や悩みの正体を発見することでしょう。

文芸春秋漫画賞受賞のシリーズ。1993年刊の新装版。

ひょうきんで可愛らしい雰囲気の中で、悩み多きブタ「シッタカブッタ」と一緒に、「幸せ」を考える本。

考えるといっても小難しい話など一切なく、新たに知識を取り入れるというよりは、「今まで気付けなかった自分に気付く」ことが中心の本だ。

ちなみに中身はこんな感じ(画像クリックで拡大)

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さて、今回は、シリーズ第一作『ブッタとシッタカブッタ』と、シリーズ二作目となる「ブッタとシッタカブッタ2 そのまんまでいいよ」の二冊から、僕の気に入ったところを引用していこうと思う。

実際は気に入ったところが多すぎて紹介しきれないぐらいなのだが、ここはぐっとこらえてほんの一部だけ、紹介しよう。

 

この本は悩みのひとつひとつの対症療法ではなくて、

悩みの根の根をさがし、心の筋肉を柔らかくしていく方法で、悩みにつきあっていくのです。

 この記事を読んで悩みが少しでも軽くなれば幸いだ。

 

「ブッタとシッタカブッタ」内容と名言を一部紹介!

関係あること、無いことを見極める

どうしてどこどこの国のヤツってひとまとめで見るんだろ?

どうして国を悪く言われて個人が怒るの?

出身によって人を見る目を変えてしまう、いまだに消えない国籍差別。

そして国のこと言われて怒るのも、自分と国とを勝手に関連付けてしまっている証拠だ。 

本当の意味での「差別をしない」とは、その人個人をフラットに見てあげることである。

 

イイコブッタはブタたちの間で美人と評判だ

しかしイイコブッタが近づくとスズメは逃げる

イイコブッタが美しかろうと興味のない者が世の中にはいっぱいいる

 美人であろうとイケメンであろうと、それがステータスになることは絶対にない。

かっこいい人は上でそうじゃない人は下、と思ってしまいがちだが、実際は上も下もない。人の価値というものは決められないのだ。

 

どんなに有名になろーと

どんなに出世しよーと

どんなに名作をつくろーと

シアワセとは別の問題である

 「有名になれば幸せになれる!」「出世して幸せを掴む!」「もっといい作品を創れば...!」と躍起になっている人がたくさんいるけれど、これらと幸せかどうかは全く別の問題。

どんなことも「幸せになる」ということとは無関係なのだ。

 

見返りという名の見当違い

やさしくないブタに

やさしさを求めるものは

悲しむことだろう

 やさしくない人にやさしくしてもらおうとするのは、見当違いだ。

恩返しをしない人に「恩を仇で返しやがって!」なんて言っても、それはそういう人だからしょうがない。

見返りを求めるのは非常に自分勝手な行為だ。

 

魚がとれなくても

漁師は海に怒らない

愛が得られないと

相手に怒るブタがいる

 「こんなに愛してるのに...!」というのもまた見当違いである。

 

心が変われば見え方も変わる

「犬はワンワン ニワトリはコケコッコーと鳴くのかな?」

『はい』

「英国人は犬がバウワウ ニワトリはクックドゥードゥルドゥと鳴くと言っとるぞ」

『そう聞こえるんですよ』

「ではもう一度聞くが犬はワンワン ニワトリはコケコッコーと鳴くのかな?」

犬はワンワンと鳴いているわけではなく、そう聞こえるだけ。

犬が本当はなんと鳴いているかなんて分からないし、本当の鳴き声、というのも存在しない。

「こう聞こえた」というものでしか表現できないから、聞く人によって様々な聞こえ方をしてしまう。

 

「空」

ある日シッタカブッタカはこの字を「そら」と読んだ

次の日その文字に別の意味があると知って「から」と読んだ

そしてさらに次の日その文字にまた別の意味があると知って「くう」と読んだ

「空」の字が変わったわけではなくシッタカブッタが日々新しくなっているようだ

見えているものは変わらないけれど、見え方は変わる。

自分が新しくなれば、見え方もまた新しくなるのだ。

 

眼でものごとを考えることはできない。

眼とは、ただ、感覚するだけである。

見たものを愛したり、憎んだり、ああしたいこうしたいと思うことは、心に入ってからである。

眼は必ず心と一緒に活動する。

耳も鼻も口も心と一緒に活動する。

全ての感覚器は、心があってこそのものだ。

心を切り離して物事を見ることはできない。「見る」は心を通した状態で見ているし、聞くも嗅ぐも味わうも、全部心を通して感じるものなのだ。

現実が暗いんじゃない。現実を見た心が暗いのである。心が明るく捉えれば、現実は明るくなるのだ。

 

全てのものは表裏一体である

よい人間になろうとすると 人をよいと悪いで判断してしまう

よいと悪いは誰が決める?

よいも悪いもあるのが人間

人がどんなかを知るとなぜかおのずと謙虚にさわやかになる

「よい人間」を目指して自分の悪い部分を無くすことに必死になると、人の悪いところが目についてしまうし、人の悪いところを受け入れられなくなってしまう。

よいところも悪いところも全部認めてあげられるようになろう。

 

不幸な気持ちを味わいたくなければ 幸福を消せばいい

幸福を味わいたければ 不幸を消せばいい

幸福と不幸は別々のものじゃない その事実を知ること

それが覚悟。

幸福と比較しての不幸であり、不幸と比較しての幸福である。

両方味わうか両方味わないか、どちらかしかない。幸福も不幸も表裏一体なのだ。

その事実を理解して、不幸すらも「幸福の裏返し」だと受け入れてあげること。それが覚悟である。

 

まとめ

自分の体験の中から 自分で気づいて 自分で体得しないと

この本もまた 単なる「知識」のひとつで終わってしまう

「知識」それはまたひとつの 思い込みの種を増やすだけ

この本(漫画)は、知識を蓄えるためのものではない。

この本は、悩める人が、自分の力で苦しみを乗り越えるための、「ヒント」となる本である。

感じることだけが、感じたことだけが全てだ。本で得た考え方も、自分で体得しないことには身にならない。

ぜひ、自分の手で幸せを掴んでほしい。というか、すでに持っている幸せに早く気付いてほしい。

 

おしまい。

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